本項は陸上自衛隊の多用途ヘリとして長く活躍してきたUH-1H(H型)の最終ページである。私は仕事でC国に永く駐在していた為、愛するUH-1Hの最後の勇姿をみる事ができなかったが、松野主税氏から提供頂いた写真を中心に本項を纏めたい。米陸軍がベトナム戦でも活躍したUH-1B/D/HのベルヘリコプターシリーズをUH-60に更新して行く中、陸自でも1998年からUH-60JAを導入し始めたが、高価すぎて数が揃わない事から、川崎重工が独自の改良を加えて陸自しようとしたUH-1Jを併用することとなる。H型は、それまで使っていたB型が軽量小型であったのに比較すれば、様々な装置や仕様変更で機体が重くなって、B型程軽快な動きが出来なくなったようであるが、多用途ヘリとしての使い勝手の良さは抜群で、陸自は現在のUH-2に至るまで、このベルヘリコプターの系列を踏襲している。陸自のH型は恐らく2010年代中期にに完全に退役し、J型に後進を譲ったと思うが、機首の団子鼻が懐かしい。
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↑2022年に霞目駐屯地で撮影した東北部ヘリコプター野整備隊の整備訓練用のUH-1H/41705。既に用廃済の機体ではあるが、飛行可能ではないかと思われるほど保存状態は良好である。
↑松野氏が2015年に立川駐屯地で撮影された東部ヘリコプター野整備隊(Eastern Army Air Field Maintenance)の整備訓練用のUH-1H/41714。既に飛行は出来ない用廃済の機体ではあるが、2011年の11月の立川駐屯地祭では現役のUH-1H/41732がまだ飛んでいた。また2015年の丘珠駐屯地祭ではUH-1H/41727が用廃前の姿で確認されているそうである。
↑ 同じく松野氏が2011年に習志野演習場で撮影された東部ヘリコプター隊第1飛行隊の所属UH-1H/41709。皆さん御馴染みの87式地雷散布装置を両サイドに付けている。このポッドには18個の対戦車地雷が収納されており、2個で36個を散布できる。機首のVマークは東部ヘリコプター隊第1飛行隊を示す。
↑ 松野氏が2011年に習志野演習場で撮影された東部ヘリコプター隊第1飛行隊の所属UH-1H/41714
↑ 同じく松野氏が2011年に立川駐屯地で撮影された東部ヘリコプター隊第1飛行隊の所属UH-1H/41716。奥に並走しているJ型と迷彩パターンは同じでも、迷彩色の一部が異なり、カーキ色の部分がH型は赤みが強く、J型は黄色が強い事がはっきり見て取れる。
↑ 松野氏が2011年に立川駐屯地で撮影されたUH-1H/41725。機首のステッカー状のマークには”EAH 2 Avn”とあり、東部ヘリコプター隊第2飛行隊の所属を示している。
↑ 松野氏が2011年に立川駐屯地で撮影されたUH-1H/41715。後期型の特徴の一つ”EH”と書かれた上部の小窓が良く判る写真。機首のステッカー状のマークには”EAH
1 Avn”とあり 東部ヘリコプター隊第1飛行隊の所属を示している。
↑ 松野氏が2004年に高遊原駐屯地で撮影されたUH-1H/41711。機体上部天井部分の塗装形式が判って非常に興味深い。
↑ 同じく松野氏が2011年に立川駐屯地で撮影された東部ヘリコプター隊第2飛行隊の所属UH-1H/41725。B型と異なり、ホイストが完全にキャビン内に収められていることが判る写真である。
↑ 松野氏が2004年に高遊原駐屯地で撮影されたUH-1H/41730。後方にいるのは恐らくJ型で迷彩色のカーキ色の部分がH型と異なっているのが判る。